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秋の玉川上水

2013.01.27 17:44|街あるき
玉川上水

秋の玉川上水にやってくるのは初めてだ
澄んだ水には鯉がゆらゆらと泳いでいる

鯉

玉川上水で遊んでいた犬が、うれしそうに水からあがり
カラダを震わせ水飛沫を飛ばしている
歩く後ろにはポタポタと、ちいさな足あとがつづく
幸せそうなお散歩風景
ただ、写真に犬は居ぬ(笑)

居ぬ

前日までの雨の名残りか、土はところどころぬかるみ
地面を気にしながら歩いていると綺麗なミドリ色した何かの幼虫が
まるで誰かを待つかのように、じっとしている
人に踏まれる場所にいなかったので一安心だ

幼虫

少し歩くとコナラの木々から、木漏れ日が時折キラキラと射し込み
足元には大きくころころと太ったどんぐりが
たくさん転がっていて、拾う楽しみはオトナになっても変わらないものだ

プリン1

営業中の看板に誘われて入ったお店
玉川上水のプリンを食べると、優しい甘みを感じほっとした
グリーンティーで乾いた喉を潤す

プリン

この店の外には特製ベンチが置いてあり、そこに腰かけながら
玉川上水の静けさや、やわらかい秋風と共に楽しむ時間
蚊取線香が焚かれているのは店主さんの心遣いだ

プリン2

少し歩くと清掃工場のえんとつが見えてきた
工場のフェンス越しに見える、大きな壁にはたおやかな女性の姿が描かれている
そして、こんなコトバの数々が添えられていた

人間がものを作ること、ものを持つこと、ものを捨てることについて、
わたしは考えてみました。

植物も虫も動物も人間も・・・
同じように天から命を与えられ生きている。
わたしは、そんな風に思っています。

でも、どの生きものも、ほかの生きものの体を分けてもらわなければ、
生きてゆけません。
食べたり、住んだりするために。

いつからか人間は、同じ様に命であることや
感謝やお祈りを忘れ欲しいだけ奪うようになってしまいました。

いまでは自分たちがきゅうくつになるほど、ものがあふれて・・・
それでも皆、欲しい気持ちが止まらなくなっています

必要ないものまで欲しがるあまり、いらなくなって捨てられるものがたくさん・・・
ほかの命をかりてつくったということも忘れて・・

イラスト

誰に見られるでもないこの場所、清掃工場の敷地内の片隅にある
壁面に描かれたメッセージ
ふと立ち止まり考えさせられる時間

足湯

その後、清掃工場の熱を利用した足湯に浸かり、玉川上水を後に。
こもれびの足湯(小平市)
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/003/003751.html

植物園に向かう途中、道沿いのスクーター屋さんのコレクションは
なぜだか秋の色合いで、季節感を感じるラインナップ

スクーター

人気店で食べるむさしのうどんのボリュームは計り知れず・・
美味しく完食(^ν^)
普通盛りでも十分な量なのだが、男性客達が頼む大盛りうどんは
ビックリするほどの量である(゚Д゚ )
これを食べれるとはほんとにスゴい!
茂七(もしち)http://tabelog.com/tokyo/A1328/A132804/13050399/dtlrvwlst/

むさしのうどん

・・と、こんな秋の1日を過ごしました。

木漏れ日

追伸:うちのゾウムシ2頭はこの場所で拾ったどんぐりから誕生したのでした♪


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コメント

No title

クマGさん こんばんは

玉川上水には木々と澄んだ水、それに沢山の命が息づいていますね!
夏の玉川上水も青々と茂る緑を感じられます
セミの羽化を見に・・いいですね
感動的な瞬間に立ち会える大切な場所ですね!

私は虫に目覚めてわずか半年ですが、虫たちの世界から見る
人間(それは自分自身なのですが)が、ただただ未熟な
存在に思えて仕方がなかったのです

虫は自然の一部で、木々や土、川の水・海、すべての生き物と
内胞された存在で・・
人間は果たしてその自然の一部なのだろうか?と

生き物嫌いが増えてきた・・ということは
人間が自然の一部であるということを
失いかけているからなのか?
こんなことを思ったりしています

生きるためには、他のモノをとっても構わない
この考えが究極になってくると、他の命に対する意識が
薄れていってしまうような ・・底知れぬ危機感を感じてしまう

人間同士は傷つけ合い、殺し合い、蔑みあい、
そうした殺伐とした世界が確かに存在している。
虐めや自死や戦争もこうした排除する側とされる側の
パワーバランスからくるひずみの結果であり

人間が生きていくために、生きやすくするためにこの世界を
作り変えてきたことで、さまざまな仕事もでき、暮らしも成り立ち
表面的にはうまく機能しているように見える
その上、自然さえも支配しようとしている

都会に生きるのがその理由なのか、日本中どこに居ても
同じように感じてしまうのか・・それは分からないのだけれど
息苦しく感じるのはなぜなのだろう?

虫達はただ生きている・・
彼らの美しく生きる姿に、いつまでもずっと感動していられるような
そんな人でありたいと、私も思っています(´ー`)

クマGさんの写真からその想いを日々感じますよ

彼らから教わることが、本当に大切なことばかりで・・
虫の世界は素晴らしいですね

こちらのイモムシはスズメガかモモスズメだったのですね!
教えてもらえてうれしいです
是非次に会えた時にはツンツンしてみたいと思います。

スズメガの成虫とも今年はどこかで出会えますように(´ー`)

No title

玉川上水散策、いいですネ!
都会にありながら、虫もたくさん住んでいる癒やしスポット・・・
夏にセミの羽化を見に、散歩したりしマス。

おっしゃる通り、生き物はほかの生き物の命を奪う事でしか行きて行けません。
しかしながら、現代の日本人はそれを実感する事すら、難しい環境で生きていると言うのも事実であり、さらには人間意外の生き物嫌い(虫は全て害虫とみなす等)も、年々悪化しているように思いマス。

他の命を直接奪う事の出来ないこの世の中で、それをする代わりに大量に物を生産したり、またそれを大量に廃棄したり、そう言った行為がそこで働いているたくさんの人々の糧となったりしているワケですから、もうこれはどうしょうもない、抜け出せない無限ループのようなモノ・・・
こんな事を言いながら、自分も都会で働く一人なのデス。


人間は増えすぎたんでしょうね。
かつて生き物は、増えすぎた時には伝染病やウイルスなどで大量死したりして、一定の数を保ってきました。
また天敵となる生き物の存在もありました。

人間はそれら全てを制圧し、頂点に君臨した・・・
と思い込んでいる生き物なのですよ。


もっとシンプルに生きたい。
でもそれって、とても贅沢な事に思えるこのご時勢、せめて季節の移り変わりや、小さな生き物達の存在に気づいて、感動する事が出来る、そんな人間でいたいデス。





写真のイモムシは、スズメガの幼虫、おそらくモモスズメの幼虫デス。
夏に葉をたっぷりと食べてまるまると太り、これから地面にもぐってサナギになろうと言うところだったと思いマス。
今度見かけたら、是非つんつんしてみて下サイ(笑)
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